
怒り井戸という名前は、あまりにも率直で、初めて目にすると少し身構えてしまう。井戸が怒るはずはない、と笑って通り過ぎることもできる。しかし、その名が何百年ものあいだ土地に残り続けてきたと知ると、少しだけ足を止めたくなる。
唐木田の奥にある厳耕地には、昔から一つの物語が伝えられている。旅僧を迎え入れた家で起きた裏切り、井戸へ沈められた命、そして悪事が明るみに出たあと、ごうごうと音を立て、黒い水を湧き上がらせたという井戸。『歴史のさんぽみち』や『多摩市史』には細部の違いこそあれ、怒り井戸が人々に恐れられていたことが記されている。後には石塔まで建てられたというのだから、この場所は昔の人々にとって、ただの井戸では済まされなかったのである。
けれど、こうした土地の伝承というものは、不思議と怖いだけでは終わらない。むしろ、人はどれほど風景が変わっても、忘れてはいけない記憶を一つくらいは地面の下へ埋め込みながら生きてきたのではないか、と考えたくなる。井戸は水を汲む場所であると同時に、土地の記憶を静かにたたえる器でもあったのだろう。
いま周囲には住宅が広がり、多摩ニュータウンは未来都市の表情を見せている。それでも、この街を歩いていると、ときおり時間の継ぎ目に足を踏み入れたような気分になることがある。未来へ向かって伸びる街の片隅に、開発されるずっと前から語り継がれてきた物語が息を潜めている。そのことを知って歩くだけで、いつもの散策は少しだけ特別になる。
もしかすると、怒り井戸を探す旅は、怖い昔話を訪ねるためではない。この街が未来だけでできているわけではないと確かめる、小さな探訪なのかもしれない。

怒り井戸はこのあたりにあったか。
※画像は場所の情報、歴史からAIで生成したもの







